
2011年の3月11日。
地震と津波で
故郷の風景が一変しました。
それを知った時、
私は自分の背骨が
ぐたぐたになって
崩れ落ちていくような
感覚が来ました。
石巻を離れて
盛岡で暮らすようになり
何年も経っていて
私にとって石巻は
大好きな故郷だけど
生活の基盤はすっかり
盛岡になっているし
今の自分はもう、
「盛岡の空気が作った自分」
になっているのかな...
なんて思う事もありました。
でも違いました。
私の心と体の根幹は、
紛れもなく
故郷がつくったもので
その心と体のまま
あちこち歩き回っていたに
すぎなかったのです。
私は自分の中にある
故郷の影響力を
甘く見積もっていたのだと
思います。
体の真ん中の柱が
崩れ落ちていく感覚の中で
まざまざと思い知らされました。
大切なものが
跡形もなく破壊されてしまったら
その大切なものは
消えた事になるのだろうか?
圧倒的な破壊の力に抗える
知恵も力もない 情けない私は
答えが欲しくて
とにかく「助けて」という気持ちで
部屋の壁いっぱいのパネルに
向かいました。


この作品を描き終えた時
ひとつの思いにたどり着きました。
「在った」事は消えない。
という事です。
例え粉々に破壊されて
忘れ去られたとしても
存在していたという事実は
例え地球が壊れても
変える事は出来ない。
大切なものは
時を超え、姿形を超えて
何度でも
立ち上がって来るのでは
ないだろうか。
そう信じられる事が
今の私の背骨を
支えてくれています。
この時描いた「立像」という作品は
岩手県北上市の諄子美術館と
宮城県の石巻市役所で
発表しました。
東京での展示は初めてです。


「立像」は白い霞の中
いくつもの樹木が
立っているような絵です。
霞の中でゆらぎながらも
決して消えずに立ち続けて
そこに在り続ける姿を
表現したいと思いました。
ご高覧いただけたら幸いです。