ある日、公園に
キラッと光る物が落ちていた。
屈んでみると
クリスマスツリーに飾るような
緑と白のストライプの
モールのついた小さな輪っか。
拾い上げて
そのキラキラを見ていたら
突然!物凄い勢いで
ふわーっとある感覚が
湧き上がって来た。
何と言ったらいいか...
盛岡の公園に立っているのに
体の内側が丸ごと
過去のある瞬間に飛ばされた。
現実に立っている場所を無視して
私はいきなり石巻の
子供の頃の茶の間にいた。
クリスマスプレゼントのビー玉と
色とりどりに光るキャンディーを
見つめた瞬間に戻された。
目は拾った物の
キラキラを見ていながら
視覚には集中せず、全力で
湧き上がった感覚の方に集中して
それをを逃したくないと、
今はもうない
あの場所にいる感覚を
少しでも長く味わおうとしていた。
その上で
キラキラから目を離さない事が
この時間を長引かせる
唯一の方法だと感じていた。
やがて、その感覚は
ゆっくりゆっくり小さくなって
体の奥へ消えて行った。
マッチ売りの少女が
何度もマッチを擦りながら
見ていたのは
こんな瞬間なのかとも思われた。
あちこち土で汚れた
何に使われていたのかもわからない
公園の小さな、言うなればゴミが
その時の私にとっては
かけがえのない
タイムマシンとなった。
今、私はもう
マッチ売りの少女を
可哀想な子とは思っていない。
彼女は実用の為だけではない
一瞬灯っては消える
マッチの価値を知っていた。
誰もマッチを買わず、
誰にも理解されなくても。
そして最後は
全てのマッチを擦り続け、
見たいものを見尽くして
笑って死んでいったのだ。
天国から
大好きだった祖母がむかえに来て。
いい人生だったと思う。


20年以上手元にあるが、
タイムマシンに乗れたのは
あの時限り。

「マッチ売りの少女ってどう思う?」と
ある人に聞いたところ、
「寒いからって
売り物に手をつけるなんて
とんでもねぇ奴だ」
という答えが返って来た。
思わず吹き出して
しばらく笑いが止まらなかった。
見方は人それぞれ。