東雲の光

2016年 1月。

  

納骨の朝。

  

お寺に向かう車の中で

母は父のお骨をギュッと抱きしめ

おでこをそれにくっつけて

シクシク泣いていた。

  

母は迷子の小さな子供に

なってしまった。

  

固めた体を

細かく震わせて

全身で父と離れたくないと

訴えていた。

  

そんな状態の人に

かけられる言葉なんて

誰も持っていない。

  

私は横に座り、何も出来ず

車窓から外を見ていた。

  

石巻、渡波町のお寺に向かう為

車は門脇町にさしかかっていた。

  

波にさらわれ

基礎しか残っていない

かっての住宅地。

  

葦が生い茂り

その向こう側から

朝陽がもうすぐ射し込むという

時間だった。

  

空になんとも言えない

不思議な暖かい色が広がり

その色を背景に

影絵のようになった

葦が揺れていた。

  

思わず見入ってしまった。

  

その時、何故だか急に

(ああ、そうか)

と思った。

  

(父が、母に謝っている)

  

  

「泣かせてごめん」

  

「1人残してごめん」

  

「でもずっとそばに居るから」

  

「ごめんな」

  

そんなふうに葦は揺れて

空に広がる暖かい色は

母の乗る車を包み、

やがてゆっくりと

太陽が登るにつれ、

色を変えていった。

  

後になってあの光の色は

東雲色と呼ばれている事が

わかった。

  

これからも朝はやって来て

東雲の光は私達を包むのだろう。

  

例えその光を見る事なく

私達がぐうぐう寝ていても。

  

父の真心も東雲のように

くり返し、何度も広がり

私達家族を包んでいるのだ。

  

ずっとこれからも。

  

  

私はそう思っている。

  

枯葦・東雲(2016)部分

 

  

あけましておめでとうございます㊗

  

新年早々、納骨の朝の話なんて

びっくりするじゃないか!と

怒られそう...と悩みましたが、

すみません。

アップしました。

  

私はこの日の朝を

新しいの愛の形の

「はじまりの日」だと

思っているからです。

  

今年も新年の朝を迎えて

皆様はどんな空を見上げていますか?

  

私は空と足元を見つめながら

またひとつひとつ

絵を描いて行ければと

思っているところです。