「自転車でさえもったいない」

「車じゃ絶対わかんない。

自転車でさえもったいない。

自転車を必ず降りて!

ゆっくり歩いて!見て!」


不思議な会話が聞こえて来た。

大学の同級生が集まっている時、

1人の女の子が力説していた。

 

大学に入ったばかり。

違う県からやって来たそれぞれ。

自分達が暮らす事になった盛岡。

この街のこと

何も知らない事だらけ。

 

私もみんなも、時間が出来ると

あちこち自転車を走らせて、

テリトリーを広げようとしていた。

知らない土地で、安心したい時期だった。

 

その子は目をキラキラさせて

中津川、上の橋、紺屋町といった地名を口にして、

私達にその言葉を言ったのだ。

 

私はさっそく出かけてみた。

大学から本町方面へ。

そしてそのまままっすぐ

上の橋へ。

彼女の言葉通りに自転車を降りる。

ゆっくりゆっくり歩く。

立ち止まって見る。

 

言われた通りだった。

サーッと通り過ぎるなんて

なんてもったいない!

 

盛岡という街から

「ゆっくり見て行きな」と、

話しかけられているようだった。

それはきっと、車や自転車だったら聞こえない声だった。

 

声に惹かれるまま進む。

 

丁寧で細かい細工の建具が施された、古い民家がいくつもあった。

 

千代紙専門のお店なんて初めて見た。

 

凛としたたたずまいのご亭主がいる古本屋さん。

 

飾り窓いっぱいに貴重な

アンティークが並ぶ雑貨屋さん。

 

歴史のある染め物屋さん。

 

自家焙煎のコーヒーのいい香りで

道行く人を誘う喫茶店。

 

蔵造りのギャラリーは、表通りからはほとんどわからない場所にあって、隠れ家みたい。

 

蜂蜜専門店まである。

 

造り酒屋のお向かいには

角打ちもしている酒屋さんがあって、にこやかな女将さんと

看板猫ちゃんがゆったりとくつろいでいる。

 

古い煉瓦の塀がある横道。

古着屋さん。古道具屋さん。

 

屋根に「うだつ」のある

歴史ある荒物屋さん。

 

中津川の流れ。

 

川沿いに広がる草花と

小さな動物達。

 

一度通り過ぎても、もったいなくてやっぱり戻り、 

私はぐるぐるワクワク、

心の成り行きまかせにじっくり歩きまわった。

 

気がつけばもう夕方だった。

 

盛岡で私は「散歩する」という事の意味をくっきり自覚した気がする。

 

そうして盛岡で暮らすうちに

私はたくさんの先生達に出会った。

 

先生は学校にだけいるわけではなかった。

街の中に、お店のカウンターに、通りすがりの出会いの中に、大事な事を教えてくれる先生がたくさんいて、私を育ててくれた。

 

あれから30年以上経って

盛岡の風景も、だいぶ移り変わって来たけれど、

今でもやっぱり

盛岡は「歩いて楽しい街」だと感じている。

 

散歩の楽しさを知る人達が

街をつくり、暮らしている場所だと思う。

 

そんな盛岡で私は

これからもワクワク

歩き続けていきたいなと思っている。

ロンドンに生まれ、岩手県釜石市出身の奥様とのご縁もあって、

盛岡で暮らすようになった

リチャードヘイズさんの本です。


1989年の盛岡。

まだクールジャパンや

インバウンドなんて言葉も

なかった頃。

季節によって移り変わる盛岡の表情を愛おしげに見つめ、暮らしを楽しむヘイズさんの、暖かいお人柄が伝わって来ます。


時々、本棚から取り出して

ページをめくると、その頃の盛岡を散歩出来るのです。




〈追記〉

冒頭の言葉を言っていたのは

秋田県から来た同級生だった。

私は彼女の感受性から

いーっぱい刺激を受けたと思う。

彼女をはじめ「先生」は、教室の

すぐ隣の席にも、たくさんたくさん居たのです。


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