たわらや その2 トースト

  その日、私は気取りまくっていた。

 妹と私は、父の教え子であるお兄さんと3人でデートだった。

 

そのお兄さんは、父を恩師として大切にしてくれるだけではなく、私達姉妹をも、年の離れた小さな妹のように、本当に可愛がってくれた。

 

その日は特別な一日だった。

 

お兄さんと私達だけで一日過ごす事を、親了解の上で計画してくれたのだ。

 

小学生が親抜きで誰かと学区外に出るなんて、それだけで特別感MAXである。

 

お兄さんは自分の家に招待してくれて、お部屋で宝物を見せてくれたりした。

そして食事は3人で、

街一番のレストラン「たわらや」へ。

 

「たわらや」は初めてではなかったが、オーダーはいつも両親がしていた。

しかしその日は、メニューを渡されて、「何でも好きな物を頼んでいいよ」とお兄さんは言うのだ。

 

その瞬間、とてつもない自由と

チャンスが与えられたかのように思った。

私は初めてメニューを自分で見たのだった。

 

心は鼻息荒く興奮しているのに、

あくまでゆっくりとした手つきで

メニューをめくる。

「いつもやってるわ」とでもいうように。

その時の気取りまくった顔つきまで、我ながら目に浮かぶ。

全く知らないカタカナの料理名が並んでいた。

 

わからないものはわからないと

聞けばいいのに、優しいお兄さんにいい所を見せたかったのか。

 

世間知らず物知らずの小学生が、

親がいないとなぜあんなにも大人ぶろうとしてしまうのか。

 

ようやく「決めたわ」というように気取った微笑みでメニューから顔を上げ、背筋を伸ばして私が言った言葉がこれである。

 

「トースト!」

 

知らないカタカナ料理名の中で、

自分なりに一番キレイな響きだと感じるものに決めてみたのだ。

何かはわからなくても。

 

逆に見た事もない料理が来るのだろうとワクワクしていた。

 

可哀想だったのは妹である。

彼女は私を姉として尊敬してくれていた。

私を信頼して後に続いてしまったのだ。

妹も背筋を伸ばして

「私も、トースト!」

 

お兄さんは何度も確認した。

「本当にそれでいいの?」

「もっと何か頼む?」

 

その度に私は

気取った声で「いいの!」

妹も「いいの!」

 

はたして、トーストが来た。

あたりまえである。

トーストが来ました。

 

(トーストって、焼いたパンと

バターの事だったんだ)

と少なからず衝撃を受けた事を

必死に隠し、さも「これが食べたかったのよ。」というように気取って食べ終えた。

 

妹だけは釈然としない顔で

私をチラチラ見ていたが、私は妹の目を見る勇気はなかった。

 

あれから私はしっかり歳をとったが、今もわからない事だらけである。

素直に白旗を上げて、何でも人に聞いて教えてもらおうと思う。

 

でないと頭の中で

 

「トースト!」って声が聞こえて来そうなのだ。

#石巻#たわらや#トースト