足を止め、目が離せなくなるという事は、それが自分にとって大切な何かを教えてくれる存在だからだと思う。
飯坂真紀さんの
「美しい風のスキマ」
という絵を見た時に(あっ)と思って、それを実感した。
描かれているのは
二人の人間が
絵の中央で手を取りあっている
とてもシンプルな構図だ。
そこにあるのは
再会か、和解か
それとも
もっと別の思いだろうか。
荒寥とした景色の中で
二人の握り合った手だけが
ほのかに暖かいような
小さな体温を大切に
慈しみたくなるような
そんな気持ちになる絵だ。
そして
そこに描かれている場所や
二人の人間は
どこか国籍不明の感じで
まるで
誰かの夢の中の風景のようなのだ。
どこにもないような
だけど、
誰もが心の中に持っている風景のような。
見ていると
かつての自分が
こんな風景を夢見ていた事を思い出す。
私は
出会いたかった
笑い合いたかった
再会したかった
謝りたかった
許したかった
伝えたかった
受けとめたかった
そんなふうに
心の中の
夢と願いが湧き上がる。
「美しい風のスキマ」という絵は
私が日常の暮らしの中、
心の底に置いて来てしまった気持ちを
すくい上げてくれるのだ。
もしかしたら
二人の人間のかたわれは
置いて来てしまった自分の心かもしれない。
真っ白な地面を一歩一歩踏みしめる。
その足音しか聞こえない澄んだ空気の中、
やっと自分と会えた。
そんな瞬間の絵なのかもしれない。
そんな事も想像してしまう。
私はこの絵のポストカードしか持っていない。
だけど、飯坂真紀さんの絵を見られる機会があったら可能な限り足を運ぶ。
そこに「美しい風のスキマ」があれば、真っ先に側に行くだろう。
そこで、会いたかった誰かや自分に出会えるからだ。
(この文章と、作品の画像を掲載することについて、飯坂真紀さんよりご了承を頂きました。画像を提供して下さり、本当に感謝しています。)
#飯坂真紀#美しい風のスキマ