キッチンペーパーという物が今ほど当たり前じゃなかった頃の話。
近所の奥さんとおしゃべりをした。
使わなくなった電話帳(時代を感じますね)を、 天ぷらの油切りに使っていると聞いて、「そりゃ便利」 と感心した。
油のシミのついた電話帳のページを思い浮かべた時、( どこかで見た事があるぞ)と気がついた。
そうだ、油絵具の「油抜き」だ。
絵具の「油抜き」なんて、美術の予備校で友達に教えられるまで知らなかった。
美術系の大学受験には実技があって、 決められた時間内で油絵を描き上げなくてはならない。
油絵具は乾きが遅い。
少しでも効率的に絵具を重ね、作品を仕上げるため、乾きやすい油絵具を自作する。
紙の上にチューブをしぼり、絵具の油を吸わせて、乾きやすい油絵具に変身させるのだ。
その「油抜き」のための必需品として、電話帳は大活躍だった。
ある日、 予備校の床にしゃがんでせっせと油抜きをしている私の頭の上から 声がした。
「ほんとは油絵具の良さって、乾きの遅い所なんだけどね〜...」
見上げると予備校の先生が苦笑していた。
その時、油絵具の乾きの遅さを悪者のように思ってた私は、 先生の言葉にはっとして、しばし手を止め考えてしまった。
(油絵具の良さ...?)
「乾きが遅い事」は油絵具の特性であって、 短所ではないと先生の言葉は言っていた。
実技試験へのプレッシャーの中「時間制限のある中で、どれだけ早く描き込んで行くか」と
そればかりを考えてた私に、「もっと広い、絵の世界が待っているんだよ」と、 声をかけてもらった気がした。
(どんな画材にも短所なんてものはないんだ。)
ガチガチに張っていた肩の力が一瞬抜けた。
目の前ではなく、 遠くを向いて思いを巡らす余白をもらった瞬間だった。
画材と自分の個性が溶け合って、 とても自然な形で作品が生まれて来る。
そんな未来を願う余白だった。